ついに貯金が底をつく

34.ついに貯金が底をつく---介護サービスを減らす  

 木元義弘さん(仮名)は、91歳の男性の方です。頚髄症が主疾患です。上肢は、かろうじて動き、ストローで水分補給をしたり緊急ベルを押したりはできます。が、下肢は全く動かず体幹の麻痺もつよく寝返りも打てず座位保持もできません。排泄はおむつです。要介護5で重介護が必要なのですが、ご自宅で1人暮らしをされています。それを支えるには限度額を超えたサービスを入れる必要があります。ケアプランでは1年365日の一日3回の訪問介護、週一回の訪問入浴、週2回の訪問看護がくまれていました。要介護5ですと月の限度額は35万8300円です。これを超えたサービスについては10割負担となります。その分が木元さんの場合は月々10万円かかっていました。

 木元さんは、戦争中は中国に出征し大変な苦労をされたそうです。おなかをこわして下痢をしているのですが、行軍中はしゃがんで排泄することができず、垂れ流しで行軍したそうです。一度休むと置いておかれ、戦友が何人も病死したとのことでした。その後遺症なのかどうかその後もずっと91歳になる現在もおなかの調子が悪く下痢をしたり、疝痛発作が出たりします。

 木元さんは、戦後は大工として働き、自宅も自分で建てたといっていました。金沢独特の古い民家で間口が2間ほどと狭いのに奥がとても長い構造です。道路に面した玄関を開けて、大きな土間をすぎ仏壇のある部屋を通過し、縦長の台所をすぎ、次の部屋を超えてさらに次の部屋に木元さんはおられます。訪問診察に,研修生が同行するときには木元さんのおうちのように間口が狭く奥が深いのはどうしてかと質問していますが答えられた方は今までいません。私はしたり顔で間口の広さで税金を取っていたから、庶民の知恵で間口を狭く奥を深くしている名残なのだと説明します。いつの世も、庶民と権力者の税金を巡る知恵比べがあるとまで話を広げますが、今は庶民が完全に負けているような気がします(閑話休題)

  木元さんは自宅以外にもう一軒、家がありそれが売れたとも聞いていたので経済的な問題については考えていませんでした。ところが最近、東京に住む息子さんが来られて、親父の貯金が底をつき、月々10万円を超える限度額の負担は限度だということを話されました。ケア・マネージャーは、マネー・マネージャーとも揶揄されますが、それを実感しました。結局、訪問介護はどうしても減らせないので、訪問入浴をやめ、訪問看護を減らすことで限度額越えを4万円程度にして在宅生活を続けています。

 現状の介護保険では、家族介護を当てにしないで介護保険の限度額内のサービスで生活が成り立つのは、せいぜい要介護3くらいまでと言われています。生活が成り立たなければ在宅医療などは絵に描いた餅です。今後在宅医療を充実させていくためには、家族介護を当てにしないでも、独居の要介護5の高齢者が自宅で住めるような介護保険の制度設計が必要であることは論を待たないと思われます。


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