お茶と訪問診察

31.お茶と訪問診察          

初めて訪問診察にお伺いしたときは、診察の終わった後に家族からお茶を出されることがあります。「今日はありがたく頂戴しますが、お茶はいただかないことになっています。これからはお気遣いなく」と話します。この原則を守らなかったお宅があり,今回はそのお話です。

 高井いまえさん(仮名)は、訪問開始時86歳の女性の方です。変形性膝関節症による疼痛がひどく移動困難で、肥大型心筋症などの医学管理のために訪問していました。高井さんのお宅に訪問するときはいつも,その日の一番最後にお伺いしていました。それは診察の後にゆっくりお話を聞くためです。診察が終わると,高井さんはいざって移動しポットから急須にお湯を注ぎ、ぽこぽこと湯飲み茶碗にお茶を入れます。そのお茶を飲みながら話を聞きます。

エピソード1.高井さんのところには、お金に困った近所の人がいろんなものを持ち込んでお金を用立ててもらっていたそうです(戦後のことだろうと思われる)。高井さんのところには「死んだ猫」以外のものなら何でもお金にしてくれるといろんなものが持ち込まれたよりにされていたということです。

エピソード2.高井さんの夫は、100歳でなくなられたのですが、実際は101歳だと高井さんはいいます。その理由は高井さんの夫の名前が江戸時代の天皇の名前と同じで,役場が出生届をなかなか受理せず受理したときは1歳だったためということでした(明治時代の話)

エピソード3.高井さんの夫は、金箔うちの名人でした。昭和に東大寺大仏殿の大修理がありました。その屋根の左右には鴟尾がのっています。唐招提寺の鴟尾は瓦ですが,東大寺のものは金箔が貼られています。その金箔を誰に打たせるか、日本一の名人を探せということで高井さんの夫に白羽の矢が当たったようです。その金箔を打つときは,自宅の庭にある井戸の水をかぶり身を清め、真新しいさらしのふんどしを締めたそうです。最近の金箔は10年もすると少し黒ずんでくるが、高井さんの夫の打った金箔は100年以上は大丈夫とのことした。

毎回毎回こういったとても興味深くおもしろい話を聞くことができるので,お茶を飲みながらついゆっくりしてしまいます。在宅医療は、当然、その人のその時点での生活を医療面のみならず丸ごとみるわけですが、その生活はその方の長い人生史の到達点であり、それを知ることも在宅ケアには必要なことだと感じています。

在宅医療臨床入門(南山堂)という本には、16ページに「湯茶などへの対応をどうするか」という項目がありますが同じ考え方だなと思いました。

 


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