26. たった一錠で終末期?
池乃内善観さん(仮名)は94歳の男性の方です。特定施設入居者生活介護型のA有料老人ホームにおられます。基礎疾患は、慢性腎不全(クレアチニン2.7)、気管支喘息、老人性そう痒症、認知症、前立腺肥大、神経因性膀胱、高血圧、糖尿病、陳旧性脳梗塞、高ガンマグロブリン血症と満身創痍ともいえる病名が多数ありますが本人は比較的元気です。夜間、食べ物を求めて外出行動をしたりすることもありますが、落ち着いて生活されていました。
池之内さんは200X年7月16日に、右下肢に強い疼痛を訴えるようになり往診を依頼されました。診察すると、疼痛の性質は神経痛様であり、疼痛の分布がちょうどL4領域にあり、腰椎管狭窄症によるL4の神経根痛と診断しました。かなり痛がっており神経性疼痛なのでカルバマゼピン100mgを1錠のみ処方しました。少量なので副作用は余りでないだろうと思っていました。翌日電話で様子を聞くと、疼痛は幸いに軽減し、ふらつきもでませんでした。7月22日は定期の訪問診察日でした。下肢痛は軽減しておりいつもと変わった様子はありませんでした。8月5日になり担当の看護師から連絡がありました。意識レベルが下がっており、呼名反応に乏しく顔貌も変化しており危ない感じがするというのです。すぐ往診に出かけるとたしかに看護師のいうとおりです。診察では麻痺などの神経局所兆候はなく、いわゆる広義の代謝性因子による意識障害を考えました。脱水・電解質異常・急性炎症がないか血液検査を急ぎでしましたが異常ありません。以前から内服していた気管支拡張薬テオフィリンの中毒ではないかと急ぎで血中濃度を測るものの6.6でした。高齢者の場合、何か変なことがおきたら薬剤性ではないかと考えることが重要なので、池之内さんを振り返ると7月16日からカルバマゼピン100mg1錠を処方していました。まさか100mg1錠でと思いつつ、中止しました。8月6日には息子さんと面談し、病状について説明しました。老衰かもしれませんが薬の影響かもしれません。しばらく様子みますと話しました。息子さんは、お盆に家に連れて帰ってよいかと聞かれました。よほど体調が悪くなければ是非連れて行ってあげてくださいと答えました。8月12日に訪問診察に伺うと寝ていることは少なくなっておりあきらかに改善しています。やはりカルバマゼピン100mg1錠のためだったと判断しました。無事、お盆には家に帰り一家団欒を過ごしたそうです。8月19日に訪問したとき、看護師と顔を見合わせ「もどりましたね」とうなづきあいました。
意識が改善すると同時に再び下肢の疼痛の訴えも出てきました。看護師に何か対応をといわれ、冗談にカルバマゼピン再開しようかというと激しく首を振られます。あまり効かないかもしれないがノイロトロピンを処方し、痛いといったら同部にスチックゼノールを塗ってそのひやひや感でごまかしていく方針にしました。幸いそれで何とか疼痛がコントロールされました。
高齢者の場合、何か変なことがおきたら薬剤性ではないかと考えるという鉄則の重要性をあらためて感じた例でした。