在宅急死

22. 在宅急死                   (保険医協会2009年8月)

 今回は在宅で急死された患者さんのお話です。

 以前、病院勤務だったときのことです。病棟回診中に、ベッドサイドで患者さんの診察をして、その奥さんと会話したあと次のベッドにいこうとして背を向けた途端、奥さんが「あっ」と声をあげました。振り返ってみると患者さんはこと切れており心肺蘇生をしてもまったく反応がありませんでした。解剖させていただくと胸部大動脈瘤の破裂でした。胸腔内だけでなく、横隔膜を突き破って血液が腹腔内にも達していました。これでは急死も当たり前で蘇生の余地もないと感じたものでした。大動脈破裂というものの怖さを実感しました。最初は、この大動脈破裂で在宅で急死した話です。

 吐血と言えば、胃潰瘍、食道静脈瘤破裂など、喀血と言えば肺からですが、胸部大動脈瘤が破裂して食道を介して大量に吐血した例です。

 中山淑子さん(仮名)は91歳の女性の方です。解離性大動脈瘤が破裂し食道穿通をおこし大量吐血で入院されました。保存的治療で奇跡的に一命を取り留めました。手術療法は年齢と危険性を考慮し選択されませんでした。本人は高齢でしたが、認知症もなくしっかり意思表示され、再破裂による突然死の危険性を充分認識しつつ在宅生活を希望され退院となりました。初回訪問時は、ニコニコと応対してくださり、困ることは便秘とのことだと話されていました。その3日後のことです。夕食は普通に食べて、排便もあり普段と変わりなかったようですが、午後7時過ぎにお嫁さんがみにいったら血を吐いて倒れており、あわてて緊急連絡をされてきました。駆けつけると(駆けつける車の中では、初回往診時に便秘のことをおっしゃっていたので破裂の誘因として便秘があったかもしれない、もっと排便のことに注意を向けるべきではなかったなどと考えていました。到着してお嫁さんから排便があったと聞いてホッとしたことを覚えています)、ベッドの上から部屋の壁にかけて血しぶきが飛び散っていました。恐れていたことが現実になったのでした。お嫁さんも覚悟はしていたとはいえ、大量の血しぶきに動転していました。血圧を仮に150mmHgとすると、水銀の密度13.6をかけて、水柱に直すと約2メートルになります。2メートルが納得できる血しぶきでした。その血しぶきが飛び散る凄惨な状況を、看護師と二人で大量のタオルを使ってなんとか落ち着いた状態にするのに小一時間もかかりました。とても暑い夜でエアコンがない部屋だったので二人とも汗だくになりました。その後クリニックに戻り、死亡診断書に向かい、直接死因記載に何ら迷いなく大動脈瘤破裂と書きました。中山さんの場合の死因は明白ですが、実は在宅で急死した場合、正確な死因がわからないことが多いのも事実です。死亡診断書には主要疾患を直接死因として記載し、主要疾患発症から亡くなるまでを発病から死亡までの期間として家族に説明しています。


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