これぞ にっぽん昔話

21.これぞ にっぽん昔話             (2016年8月)

 井村あかね(仮名)さんは、パーキンソン病が主疾患で、とても小柄な女性でした。訪問診察に行くと、部屋には必ずポットに一杯のお茶がありました。常に手の届くところにポットがないと、のどの渇きに対応できないとのことでした。糖尿病やシェーグレン症候群もなく、薬剤の影響もないので口渇の理由がわからず、いつごろからそうなのかを聞いてみました。そうしたら物心ついてからすでに口渇がひどかったとのことでした。その話をしていたときに井村さんの子どもの時の話になりました。今では考えられないことですが、井村さんのおうちは兄弟が多かったので口減らしの目的で井村さんは10歳のころに奉公に出されました。その時すでにのどが渇いて、しょっちゅう水分をとっていたようです。奉公での仕事は主に子守です。遊びたい盛りだっただろうにあの小柄な井村さんがそれも10歳の時に奉公先の子どもをおんぶしている姿を想像すると胸が痛みます。奉公に出ても口渇は同じで、奉公先で自分の仕事の場を離れては水を飲みに行っていました。それを見つけた奉公先のご主人に怒られて、食事以外で水をとってはならないと言いつけられました。井村さんは口渇に苦しんだようで、思い出してもつらいといったふうな話し方でした。それでもご主人の言いつけをまもり水を我慢していたのですが、ある夜中にとうとう口渇に我慢が出来なくてこっそり起き出して水飲み場に行こうとしました。ちょうどその時です、バチバチという音がしてきたのです。井村さんはそれが火事だと気づき大声で家人を起こしました。幸い火はすぐ消し止められました。ご主人はこれをたいそう喜び、以後井村さんに「のどが渇いたらいつ水を飲みに行ってもいいよ」といわれたと嬉しそうに話してくれました。めでたしめでたし。遠い昔を思い出すような目が印象的でした。訪問診察の同行実習の医学生と一緒に井村さんの所に行く機会があると、このにっぽん昔話を語り聞かせたものでした(実習には役に立たなかったと思われるが)。

 井村さんは息子さんと暮らしていたのですが、私たちが訪問診察に行っているときは、嫁いだ娘さんと一緒に暮らしていました。10歳の頃には子守の奉公をしていたことを偶然知ったわけですが、それから訪問診察が始まるまでの60年以上の間の事はよくわかりません。いろんなことがあったんだろうなと思いつつもゆっくり話をする機会もなく過ぎてしまいました。

 そんなこともあり、訪問診察時にお部屋にアルバムでもあるとみせてもらっています。それは患者さんの人生のほんの一部にすぎないものの、それを話題にすることで、気持ちの分だけ、患者さんに寄り添ったものになるようにと思っています。在宅医療では、生活の場に医療があると言われています。が生活の場が同時進行の訪問診察の場面であるだけでなく、長い人生の終結点であるという意識も大事だと感じています。


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