急がば医療保険での対応だが

多発性ラクナ梗塞による歩行障害と、アルツハイマー型認知症を合併した平森(仮名)さんは妻との二人暮らしです。
初診時の主訴はちょこちょこ歩きで長い距離が歩けないというものでした。診察していると、こちらの質問に対して家族のほうを降り向いて逆に聞く「左右見あげ徴候」というアルツハイマー型認知症によくみられる徴候もあります。
長谷川式は16点で遅延想起が障害されており、MRIでは多発性ラクナ梗塞と、海馬の萎縮が目立ちました。その平森さんは診察室では分かりませんでしたが、妻からいろいろ話を聞くと、妻への暴言があるとのことでした。易怒性への効果と認知能力への効果(どちらかと言えば前者)を期待してメマンチンを処方しました。2週間ごとの受診が必要ですが、「わしはどこも悪くない」と本人はなかなか受診しません。妻のみが受診したときにゆっくりお話を聞く機会がありました。妻が、平森さんに内緒で、2年前にファンドを勧められ、分配金が月に5万円あるという話にのってしまい結果として250万円損したとのことです。それがばれて、以後平森さんに何かあるとなじられるという話でした。

かなり以前に豊田商法でだまされた患者さんが、口の中から金(きん)が出てくるという体感幻覚を起こした人のことを思い出しました。そうこうするうちに平森さんが自宅で転倒して痛がって寝たきりになっていると妻から連絡があり、すぐに往診すると腰部の棘突起部の殴打痛があり、体動時にかなり痛がるので圧迫骨折を疑い、エルシトニンの筋注をして鎮痛剤を処方しました。その6日後にケアマネから電話がかかってきました。ずっと寝たきりで起き上がれず、食事も寝たまま、排尿は尿器で、排便がずっと無いので入院させてくれという内容でした。ケアマネには、「認知症の方はなるべく入院させない方がいいと思っているので、もう一度往診して入院の必要性を判断する」と言いました。往診すると、疼痛は軽減してきており起き上がりは介助で可能で、歩行は軽介助でできました。ただ排便が2週間以上ないとのことで、排便コントロールと疼痛看護目的に訪問看護を入れ、廃用に対して訪問リハをいれれば乗り切れるのではないかと考えました。

特別訪問看護指示書を書き、翌日から訪問看護にはいってもらいます。浣腸で排便があり本人も妻もほっと一息です。今度は廃用症候群による歩行障害に対して訪問リハにはいってもらおうとケアマネに連絡しますが、なにやかやといって話が進みません。訪問看護は特別訪問看護指示書で医療保険で急場は可能ですが、訪問リハは介護保険優先なので小回りがききません。短期集中で訪問リハを入れてくれと強く指示し、ようやく実現しましたがのんびりした対応です。

状態変化の時に、短期集中的に対応するという考えは、介護職のケアマネには理解されにくいのかなと感じました。もうひとつは家族が大変だからといって家族のためのケアプランになることが多いという感じもあります。本人にとってどうすることが一番いいのかを考えて欲しいと常々言っています。御用聞きケアマネではだめだということです。といっても、制限の多い介護保険制度の中でケアマネさんも苦労していることは事実なので、意思疎通をよくしていかなくてはとも思いました。


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