お坊さんの方が先?

以前、病院で当直していたときの話です。
病院と関係あったある市会議員から電話がかかってきました。「わしの知り合いの家の者が亡くなり、かかりつけの先生に死亡診断書を書いてもらったのだが、何か息をしているようなのでみにきてくれんか」という依頼です。
「えっー、死亡診断書が出たのなら亡くなったことに間違いは無いと思いますがーーー」と返事すると「たのむこっちゃ」と言われたので断るわけにも行かず出かけました。死亡診断書が出ている人の往診は初めてです(滅多にあることではないでしょうし、以後そういったことは2度とありませんでした)。
往診すると、家にはすでに、黒白の幕が掛かっています。中に入ると線香のにおいがただよってきます。仏壇も開き、燈かりがともっています。家人はもちろん、親戚の方もその市会議員も心配そうに回りを取り囲んでいます。型どおり、呼吸停止、心停止を確認し、瞳孔も散大していました。そればかりか、死斑も出ており、死後硬直もあり間違いなく死亡されていました。息をしているようだというのは、ご遺体のすぐわきに石油ストーブが焚かれており、その熱気で肺の中の空気が膨張したのか泡のようなものが鼻腔からでてきたことを錯覚したようです。
「間違いなく死亡されています」と電話をかけてきた議員さんや家族の人に厳かに告げました。身構えて往診した分、どっと疲れて帰院しました。無論、往診料は算定できません。死亡診断書が書かれた後のまれな往診?の話でした。

Kさんは、パーキンソン病の方です。
娘さんとの二人暮らしでしたが、娘さんは仕事をしておりパーキンソン病の進行とともに介護量が増え自宅での療養は困難と娘さんは考えてある老人保健施設に入所になりました。
Kさんは娘さんが会いにくるたびに涙を流して家に帰りたいと訴えました。母のその涙をみて娘さんは再度在宅介護をすることを決めました。通所系サービス、訪問看護、訪問リハビリテーション、訪問介護、そして訪問診察をいれて在宅療養を継続されました。その後もパーキンソン病は進行し、胃瘻造設をしました。
当初は痰のゴロツキも多く、微熱もしょっちゅう出ていたのですが、半固形化栄養をしてから比較的落ち着いていました。この間3回ほど入院がありましたが、娘さんは最後まで自宅での療養を希望されました。ある日の夜に、娘さんの呼びかけに応答しなくなり往診、血圧低下、低酸素血症を認めました。娘さんはこのまま自宅での看取りを希望されました。
その翌日の夜はちょうど大手町の夜間急病診に出向していました。訪問看護師より電話がかかってきました。午後8時頃に急に呼吸がおかしくなったと娘さんから連絡があり看護師が駆けつけると心肺停止状態とのこと。急病診の診療の合間に駆けつけ、死亡確認したのち、「11時すぎにまた来ます」といって急病診にとって返しました。急病診の出向が終わるとクリニックに戻り死亡診断書を書いてKさん宅に持っていきました。私にとってはこれが本当の往診だと思って行ったのですが、到着するとお坊さんがきてお経をあげています。葬儀屋さんもきていて相談中でした。私も線香をあげ冥福を祈り、娘さんの長い介護をねぎらいました。訪問診察を初めて約8年でした。


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