在宅医は選べるか

 介護老人福祉施設へは、「配置医師ではない場合----それぞれの施設に入所している患者に対してみだりに診療を行ってはならない」とされています。みだりに診療を行ってはならないという言い方には、「かちん」ときますが、長年診ていた患者さんが入所したらもう診療は継続できません。10年以上前は、そういった通達も不勉強で家族に頼まれるとハイ、ハイと訪問していました。

 以前、会計検査院から、訪問診療料の算定はできません。という指摘を受けたことがあります。Wikipediaによると「国の収入支出の決算は、すべて毎年会計検査院が検査し、内閣は、次の年度に、その検査報告とともに、これを国会に提出しなければならない(日本国憲法第90条)」とあるように我々庶民には無縁のお役所と思っていたので会計検査院からの指摘ということで驚きました。クリニックのすぐ近くに住んでいた方で、多発性硬化症の再燃を繰り返し失明、四肢麻痺、神経因性膀胱となり、訪問診察で膀胱留置カテーテルの交換をしていました。この方が、身体障害者療護施設に入られた後も月に一回カテーテルの交換に行っていました。月一回でも訪問すると患者さんからとても喜ばれていたのですが、配置医師がいる施設なので訪問診療料は算定できないと、会計検査院から指摘されたのでした。返還命令に応じざるを得ませんでした。訪問診察に行けなくなった旨を患者さんに伝えに行きましたが、寂しそうに「仕方が無いね」という返事でした。「自分達の知識不足から、患者様や連携先に迷惑を掛けることもあり、制度や仕組みについて勉強する必要を痛感しスタートした全国在宅統一テストについては、第46話で書きましたが、上記のことも知識不足であったことは間違いないものの、割り切れない感じも強く持ちました。在宅医療では割り切れない感じの報酬がいくつもあります。

 ながらく、診ていた方が認知症になり家族介護も困難になり、あるグループホームに入られました。以後も家族の希望もあり診療を継続するために訪問診察に行っていました。ところがある日、息子さんがクリニックに見えられ、「主治医を変わるようにと施設側から言われた」と言いにくそうに話されます。これまで何のトラブルもなく訪問していたのですから、急に家族が希望して主治医を変わるように希望したとは思えません。何かまずい対応があっただろうかと、今までの診療を胸に手を当てて考えてみましたが特に思い当たることはありません。施設からの指示で家族の希望という形をとるように言われたのでしょう。こういった例は、このグループホームだけではありません。この連載の第一回は、認知症の行動障害について、お嫁さんと話す中でその背景がおぼろげに分かったという話でしたが、その方に、家族も希望され訪問診察に行っていました。がこの方もある日、家族の人はこのままの訪問診察を希望したのですが、施設に関連している医師に変更するように強く言われたとのことで、クリニックに来られました。家族も施設の方針に逆らうこともできず「すみません。すみません」とおっしゃっていました。そのグループホームの職員は近くの先生にお願いすることになりましたと話していましたが、後日分かったのは当院より遙かに遠いところの先生でした。嘘までついての主治医変更の画策にうさんくさいものを感じました。

  本人、家族が希望しても継続しての診療が、制度や施設の意向でできない現状のお話でした。


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