介護者諸相(1)

39.介護者諸相(1)

 今の介護保険制度は、1997年頃の議論では介護の社会化といった理念が語られましたが、紆余曲折の後、家族介護を前提にした制度となりました。それは、同居の家族がいるとヘルパーによる生活支援が制限されるといったところに端的に表れています。さて、今回はその家族介護の担い手の介護者のお話です。

  岩下みのりさん(仮名)は、75歳で亡くなられました。当院から16年間にわたり訪問診察にお伺いしましたが当院で最も長く訪問した方です。岩下さんは、35歳より高血圧があり52歳で脳梗塞を発症し左片麻痺を呈しました。その後再発があり通院困難ということで訪問診察が開始になりました。岩下さんは妻との2人暮らしです。子供さんはいず、いつも犬と一緒に暮らしておられました。妻は岩下さんより5歳上の姉さん女房です。妻が飲み屋をしていたときに常連だったのが岩下さんで縁あって結ばれたと聞きました。私たちが訪問すると、妻は丁寧に応対されますが、いろいろ話をしていると岩下さんに対してぐさっとくる言葉を投げつけます。「こんな障害のある男と結婚しなければよかった」などと私たちはどう!
フォローしていいかどぎまぎします。しかし、飼い犬の「あいちゃん」は「夫婦喧嘩は犬も食わぬ」ということわざどおり、そ知らぬ顔です。あるとき「あいちゃん」の先代が車にはねられて死にました。その後訪問したときに「あんたが死ねば良かったのに」と妻が言ったときは本当に凍り付くような感じがしました。岩下さんは、少し哀しいような苦笑いを浮かべ黙っておられました。岩下さんには訪問看護もはいっていましたが、その報告書にも「岩下さんに言葉荒く攻撃したりしていました」という記載がありました。比較的若くして障害を持った夫を抱え、収入に不安があり、頼るべき子供がいず、夫が徐々にADL低下していく中で介護量が増えていくなど、さまざまな要因が重なっての葛藤のなせるわざと私たちは理解しようとします。何年も何年も、毎日24時間一緒にいるなかで2人の中に形成される人間関係は、回りのものには理解できなくて当たり前だとも思います。言葉による暴力だといわれればその通りですが、私たちのできることは何かを考えながらの訪問です。

  訪問診察の空気を和ませてくれるのはワンちゃんです。私にもずいぶんなつき、往診車で到着するとその音で興奮しぐるぐる家の中を走り回り,玄関を開けるとぴょんぴょんと飛びついてきます。その様子を見ている、妻も岩下さんもにこにこです。ワンちゃんに感謝感謝です。ご褒美にジャーキーをあげたり、写真を撮ったりして感謝の意を表します。
 独居になった、妻は認知症が徐々にあらわれ何らかの医療の介入が必要と判断され、訪問診察に行くことになりました。妻は転倒して大腿骨頸部骨折をおこして,家に帰ることを望みつつ、特養に入られました。ご自宅の近くを通ると無人となった家をみて2人とワンちゃんを思い出しています。


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