9.逆縁重なり (2015.2.03)
「逆縁」にはいろいろな意味があるようですが、広辞苑によればその一つは「年長者が年少者の供養をなす」ということです。骨粗鬆症で多発性の胸腰椎圧迫骨折があり背部痛がひどい上田桐子さん(仮名)は 物理療法や整形外科にいくと余計に痛くなるということで、訪問診察になりました。
10年前の立位側面の写真を見ると背筋が伸びモダーンな感じの方でした が、訪問診察に行く頃はすっかり円背になってしまい背丈もかなり縮んでしまいました。玄関を開け、「こんにちは」と大声で呼びかけながら部屋に入っていき ます。上田さんはいつも籐いすに座っていました。その近くの本棚の上には息子さん二人の写真があり、写真の前にはお菓子などがそえられていました。
訪問診 察に行き、診察やらカルシトニンの注射が終わり病状などについて話していると、上田さんはいきなり、涙ぐまれることがほとんどでした。次男さんが50歳弱 で胃癌でなくなり、長男さんが60歳代で肺癌でなくなり、「逆縁が一人ということはあるけれどうちは2人まで」と話されながら涙されます。確かに息子さん が二人とも中年になって亡くなるということは滅多にないことだと思われます。それ故なおさらどういっていいのか、いい言葉が思い浮かばなくうなづきはする ものの黙って聞くばかりです。一段落したところで「また来ます」といいながら帰ります。
息子さん達が亡くなって随分時間がたっていますがグリーフは続いて います。時間が癒してくれるという言葉は安易すぎていえません。さらに、同居していた夫が亡くなり全くの一人暮らしになった後は、涙されることが一段と多 くなりました。訪問診察に行き、社会情勢なども含めて冗談を言いながら話をして、上田さんが笑顔になっていても最後には涙ぐまれます。天気のいいときに手 を引いて近所まで散歩に行ったときは一時悲しみを忘れたようにもみえたこともありました。が、それ以外の時は、訪問診察のたびにじっと話を聞くばかりです。
閉じこもりで徐々に足腰が弱くなり本人も自覚しているので訪問リハビリテーションもおこなってもらいましたが、体がひどいからもういいといってすぐ中 止になってしまいました。それでは通所系サービスをとも考えましたがインテリジェンスの高い人で、通常の通所系サービスは本人もいやがり閉じこもりが続い ていました。上田さんは、頸部の帯状疱疹を患い、その後残念なことに帯状疱疹後神経痛となり食欲も落ちてしまい入院になりました。
長年、逆縁の悲しみに耐 え、夫に先立たれた一人暮らしの不安に耐え、自らの体力の低下に耐えてきた人生をその一ヶ月後に終えられました。高齢者の喪失体験を本当の意味で私たちは 追体験できませんが、何か支えになりたい、出来ることは何でもしますという気持ちで訪問診察を続けていきたいと思いました。