いわゆる「死に目」(1)

36.いわゆる「死に目」(1)

 訪問診察にお伺いしていて、在宅で看取りをされた方の中で患者さんが「息を引き取る」場に医師が居合わせることはほとんどありません(私の経験では)。家族や訪問看護ステーションから「呼吸が止まりました」と連絡を受けてから訪問し死亡を確認することがほとんどです。あらかじめ予測されていた場合は、夜中に息を引き取っても朝になって連絡してもらう場合もあると言っている在宅医もおられます。一度だけ自宅で家族・看護師・ヘルパーとともに息を引き取るまで2時間ほどそばにいたことがありましたが例外的です。つまり、いわゆる「死に目」に在宅で医師が立ち会うことはほとんどありません。今回は,長男さんがアメリカから父親が危篤だということで帰国するも、仕事の関係でアメリカに戻ったその日にお亡くなりになりすぐとんぼ返りとなったお話です。

 脳出血後に私の外来に通院していた大原正義さん(仮名)が、甲状腺癌が見つかったのは64歳の時です。甲状腺右葉切除をうけました。その後再発が判明しましたが、本人は手術を拒否し、何度も説得した後73歳の時に頸部リンパ節郭清と、甲状腺亜全摘術を受けられました。がその後再び頸部リンパ節転移巣が増大していきました。この間、甲状腺癌の手術をうけた他院の外科に通院していたのですが、74歳より再び私の外来に通院するようになりました。頚部リンパ節はその後も増大していきましたが本人になんど手術を勧めても拒否されていました。何とか外来通院していていましたが75歳の時に脳梗塞をおこし右片麻痺が出現し通院困難となったため訪問診察が開始となっています。

 大山さんの頚部リンパ節はどんどん大きくなり両側頚部が累累と腫大してきました。大きいものは握り拳大になりました。写真撮影をして、以前通院していた外科医に相談しましたが手術は困難と言われ、妻と娘にその旨を話し、本人の意向もあるのでそのままで様子を見ることになりました。CTだけなんとかとると喉頭や咽頭にも転移がありました。今後おきることとして、腫大したリンパ節の表面の皮膚が自潰する可能性のあること、喉頭の腫瘍が大きくなると呼吸困難になるかもしれないことなどをお話ししました。徐々に食事がとれなくなってついに自潰もおこしてしまいました。長男さんはアメリカのシカゴに赴任しており都合をつけて帰ってきたのですが(ちょうどお盆すぎだった)滞在期間は1週間でした。病状を説明しましたが、ながくはないことは間違いないし、すっと逝くこともあるということしか言えません。アメリカに帰る日になり当日も長男さんとお話をしました。いつまでもつかについては同じ話しかできませんが、「死に目」に会えなくても十分の別れをされたのでそれでいいと思いますよとお話ししたあと、長男さんは帰って行かれました。しかし、アメリカに着いたまさにそのときに大山さんは息を引き取られました。家族からの連絡で息子さんはとんぼ返りで戻ってきました。


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