「在宅医療とは、病院のベッドを地域に持つものだ」という人がいますが、私はとても違和感を感じます。在宅ケア(医療も含む)のもつ「癒やし効果」について今回は考えてみたいと思います。がんの終末期の緩和ケアとして、スピリチュアルケアがあります。「苦しむ患者から逃げない!医療者のための実践 スピリチュアルケア」という本1)の中で、人間の存在を支える3つの支えとして、時間存在(将来の夢がある)、関係存在(支えとなる関係がある)、自律存在(自分で決める自由がある)があげられています。そして人の存在は、この支えがしっかりとしているとき、平面は水平に保つことができるとしています(図1)。
在宅の持つ、癒やし効果をこのモデルを使って、特に認知症の方の場合の「在宅力」を考えてみたいと思います。認知症の高齢者が入院した場合を考えます。認知症が高度の場合、回想的記憶と言われる過去の出来事についての記憶も、展望的記憶と言われる将来行う行動についての記憶も障害されているので、瞬間瞬間を生きているといわれます。つまり、時間存在は存在しないに等しいという事になります。自律存在はどうでしょうか。急性疾患で入院した場合、そのことに対する認知ができない場合、点滴を抜いたり、安静を守れなかったり、病院から出ようとしたりします。それが、認知症の方の自律存在なのですが病院というルールの中では認められません。自律存在が折れます。時間存在も自律存在も折れてしまうとまず平面には保てません。平面に保つためには関係存在をかなり太くしなければなりません。が病院ではどうしても疾患に目が行き、認知症の高齢者との関係存在を築くことが困難です。つまり、認知症高齢者が入院するということは、3つの存在すべてがない状態になるということです(図2)。
竹内孝仁氏は認知症の方の異常行動を3つに類型化しています2)。葛藤型、遊離型、回帰型です。現在の自分とかつての自分のギャップに葛藤し粗暴や異食、もの盗られ発言など、異常な反応を示す行動を葛藤型といい、現実の自分を受け入れることができず現実から遊離して自分の世界に閉じこもることで自分を保とうとする遊離型、現実の自分を受け入れることができずかつての自分らしかったころに変えることで自分を取り戻そうとする回帰型です。訪問診察に行っている方が入院された場合、治療が長引くと遊離型になる方が多い印象です。この方が、在宅に戻るとどうなるでしょうか。まず、在宅は関係存在が太いところです。自律存在は、少なくともいやがることはしませんし自由度が高いのでまあ保たれると言っていいでしょう(往診に行っていやがることをすることもありますがケアする人がうまくカバーしてくれます)。時間存在がなくてもその2つの存在があれば平面に保てるのでしょう(図3)。そうすることで生きるということの苦痛が軽減され、それで元気になるのではないでしょうか。
1)小澤竹俊:苦しむ患者から逃げない!医療者のための実践 スピリチュアルケア 日本医事新報社(2008)p66-67.
2)竹内孝仁:介護基礎学 医歯薬出版(1998)