家族自身の作業療法

5.家族自身の作業療法 (2014年9月9日)

血管性認知症のAさんは、息子さんと娘さんとの3人暮らしです。Aさんの妻は施設で生活しています。訪問診察は ちょうど通所介護の日とかち合うので通所介護が終わった大体午後5時過ぎにお伺いしています。Aさんの認知症の程度は、通所介護から帰ってきた直後にMさ んに今日の「デイサービス」はどうでしたかと尋ねても、行ってきたことすら忘れているほどです。また右片麻痺もあり、自力歩行不能で息子さんが常にトイレ まで介助で連れて行き排泄されています。夜中であっても同様に介助されています。娘さんは内服や外用薬の管理に細かく神経を使っておられます。とにかく二 人はとても介護に一生懸命なのです。ところでその二人は精神疾患で通院治療を受けています。とても几帳面で最初の訪問診察時に大体午後5時頃になりますと 連絡を入れていたのですが、30分ほど遅れてお宅に到着すると、玄関に二人で正座して待っておられました。30分間も正座して待っておられたのだろうかと びっくりしました。そして帰りは玄関先まできてずっと手を振ってくれます。そんな二人は仕事にはついていません(息子さんが一時期自衛隊に勤めていたようですが、ひどいいじめにあったようです)。 精神科領域では精神科デイケアや作業療法という治療法がありますが、この二人の場合、お父さんの世話がとてもいい作業療法になっている気がします。訪問診 察に行くたびに、二人の父親への無私の愛情を感じます。そして、私たち訪問系のスタッフへの信頼の気持ちも感じます。訪問診察をすると何かほのぼのとした 雰囲気に包まれます。二人は厳しい競争社会では力を発揮できないと思われますが、父親の介護という面で立派に役割分担を果たしています。そして何より二人 の精神状態も落ち着いています。Aさんが病気になり、息子さんと娘さんの介護を受けるようになったわけですが、それが二人にとって立派な作業療法になりお 二人が精神的に落ち着かれているという現実をみると、Aさんの病気は親がなせる子供への愛情かと錯覚するほどです。

娘さんがある訪問診察の時に、「お父さんがだんだん惚けてきたのではないか」と尋ねられました。返答にまごつい ていると、息子さんが「仕事に行っているわけでもないのだから、これくらいはいい」と答えてくれました。認知症の方の家族の中には、あれができない、これ も出来ない、変なことをするなどと、認知症の方にとって「からい」評価をすることが結構あります。そういう場合人間関係が悪いためか、認知症の行動障害が 余計にひどくなり、認知症の方も家族の方もより困難な状況になることがあります。息子さんの言葉はAさんをそのまま受け入れていることをうかがわせAさん に行動障害がまったくでていないこととつながっているなと感じます。どんなに障害があっても支え合い共存している家庭です。


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